榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

『雪の断章』は、推理小説というより、優れた成長小説・恋愛小説だ・・・【情熱的読書人間のないしょ話(57)】

【amazon 『雪の断章』 カスタマーレビュー 2015年4月19日】 情熱的読書人間のないしょ話(57)

我が家のハナミズキが咲き出したので、今日の散策はハナミズキを辿ることにしました。日米の友情という歴史的背景を持つハナミズキの白や桃色の花(正しくは総苞)が、あちこちの街路や庭で咲いていることに、思ったより多く植えられているわね、と女房も新たな発見を喜んでいます。因みに、本日の歩数は14,187でした。

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閑話休題、佐々木丸美の作品を初めて手にしました。『雪の断章』(佐々木丸美著、創元推理文庫)は、著者も評者も読者も推理小説として扱っていますが、私は異なる印象を持ちました。これは、主人公・倉折飛鳥のビルドゥングスロマン(成長小説)であり、恋愛小説だと思うのです。

飛鳥は、あすなろ学園という札幌の孤児院で育ち、6歳の時に本間家という裕福な家にもらわれていきますが、お手伝い同然にこき使われた上に、奈津子という同い年の娘や家族から事ある毎に徹底的に苛め抜かれます。その仕打ちに耐えかねて、7歳になった厳冬のある日、とうとう本間家を飛び出すのですが、この時、札幌の大通り公園で、滝杷祐也という青年と運命的な出会いをします。

「不幸はナイフのようなものだという。刃をもてば手が切れるけれど逆手に持てば利用出来る、と。6歳の私にまだその智恵はなかった。指を切り、心を切り、その幼い鮮血は点々と雪を染めていった」。

「たくさんの人、たくさんの出来事に戸惑いながら私は大きくなった。本間家を忘れることは出来なかったけれど、築きあげられてゆく現在の幸福で、あれほど強烈だった記憶がしだいにうすれた。そしてまた、時々、あすなろ学園を思い出した。何の痛痒もない平凡な生活、しかし、あそこが私の故郷であり出生と生い立ちを物語る家であることにちがいはない。決して卑下すまい」。

「中学生になると顔も身体も少しずつ変った。色が白いだけではなく唇の赤味が濃くなったようだし、目の黒さがひきたってきた。ショートカットの髪のせいか、きつい顔立ちになった。それと反対に胸はふくらみ、足も手もしなやかにのびて、身体の線は優しくなった」。

「人はやはり勇気だけでは道を歩めない。勇気を育てる愛と、愛をつつむ灯がなくてはならない」。

「奈津子さんの姉が、つまり本間聖子さんが同じアパートに越して来た時に私は初めて知ったのだ、私と本間家との宿命を」。

「聖子さんは死んでいた。一一○番に通報され、ただちに捜査が開始された」。

「尊敬と畏怖にいつの間にか恋がしのび込み知らずに暮してきた日を辿りながらそばに腰をおろしていたい。気がついてくれなくてもいい、祐也さんが在るだけで充分幸せだったのだから。誰に奪われようと焦がした思慕は私だけのものだし、楽しかった昔も私だけのものだ。一方的な記憶が深く燃えている、そんな幽かなつなぎ合わせを、もう一度確認して心にしまい込む時間がほしい。そうする前に私の夢をこわすのは許して下さい」。

懸命に生きる飛鳥の幸せを祈らずにいられません。