榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

東大卒、元アナウンサーの著者が、介護退職後、派遣・非正規で体験したこと・・・【情熱的読書人間のないしょ話(863)】

【amazon 『東大卒貧困ワーカー』 カスタマーレビュー 2017年8月28日】 情熱的読書人間のないしょ話(863)

我が家の庭で、今朝、バタバタと音がして、2羽のキジバトが絡まるようにして巣から落ちてきました。2羽とも若鳥なので、成鳥には見られる首筋の横縞模様がありません。散策中に、桃色の花を咲かせているサフランモドキ(ゼフィランサス・カリナタ)を見つけました。赤と黄のコントラストが鮮やかな葉のハゲイトウを見かけました。千葉県絶滅危惧種のヒメコマツの稚樹が植えられています。因みに、本日の歩数は10,281でした。

閑話休題、『東大卒貧困ワーカー』(中沢彰吾著、新潮新書)は、東大卒、元アナウンサーの著者が、介護退職した後、派遣・非正規という労働環境で体験した事柄と、ライターとして取材した労働現場の実態とで構成されています。

「筆者はこの4年、ライターとしての仕事の他に、非正規の派遣労働者として働いてきた。もともと大阪の毎日放送のアナウンサーとして勤務していた筆者が、このような境遇になったのは、決して不祥事とか当節流行の不倫が原因ではない。身内の介護というよくある事情から、こういうことになったのだ。以来、取材と実益を兼ねて非正規雇用の現場に労働者として立ち続けている。そこで見聞きする状況は、依然として厳しい。アベノミクスの恩恵など感じられないことばかりである」。

企業名が実名で、あるいは、どの企業と読者に分かるように表現されているので、説得力があります。

「教育関連産業では、試験監督員に中高年を雇用することが増えている。・・・そうした都内大手中学受験塾の一つで、筆者が試験監督として派遣されていた時のことだ。・・・一日中立ちっぱなしは高齢者にはきつい。夕方には耐えられなくなり、つい座る人もいる。すると事務員の女性が忍者のようにこっそり試験室に近寄り、いきなりドアを開けて現行犯を宣告する。事務員は生徒たちではなく監督員を監視している。夜の事務室では『今回だけ何とかご勘弁を』と、自分の孫のような年齢の事務員に腰を曲げ頭を下げて、寛大な処置を請う高齢者の姿が見られる」。

「通常、大手百貨店の売り場でのお客様対応はマニュアル化されていて、どこの店にも正式な文書がある。直接雇用の労働者と出入り業者には渡されている、だが、非正規には渡されないのが普通。非正規は企業秘密を外部に漏らすと決めつけ警戒しているからだ。しかし、マニュアルを見せずに規則を守れと叱責するのは、体操を見たこともない子供に『体操ぐらい何でできないんだ!』と叱責するに等しい。叱られるたびに懸命にメモをして頑張る中年女性もいたが、彼女のけなげな努力も無駄だった。午後の早い時間に、労働者16人のうち20代の4人を除く12人の中高年のみ、番号を呼ばれた(=ここでは名前ではなく、番号で呼ばれる)。『皆さんは売り場に置いとけないので、今すぐ裏から出てって下さい』」。

「ある新聞が、女子高生が教育投資を受けられず高卒でアルバイトになった場合と、大学に進学して就職した場合の生涯賃金を比較した。すると65歳の段階で1億5000万円もの差がついた。高卒で終わった場合、彼女の子供も親が貧しいからやはり教育投資を受けられない。貧困の連鎖だ。小中学生で果物の皮のむき方をしらない子供が増えているという。その子の家では主食ではない果物はほとんど購入していなかった。日本の子供の6人に1人は貧困状態と発表されて久しい」。

「私は(就活イベントの)展示ブースの並ぶ広間で、企業と大学生双方のケアをすることになっていた。現場で業務を指示する派遣先責任者は、主催するマイナビの20代後半と思しき女性正社員だ。朝、挨拶した時、彼女は『なんでこんな年寄りが・・・』と言い放った。正規の手続きを経て派遣された労働者に対し派遣先が直接、差別的言辞を吐くのは言語道断だ。また、労働関係諸法令以前に、年齢や外見で人を罵倒してはいけない。・・・お昼を過ぎると、私はバックヤードに連れていかれ、ゴミの分別を指示された。朝のブース設営で、段ボール箱、プラスチック、空き缶など大量のゴミが出て10畳ほどの倉庫に山積みになっていた。私はガイドであり、労働契約や就業説明にゴミ処理はない。事前に説明していない仕事を命じるのは労働者派遣法違反である。『私ひとりでこれを分別するんですか?』。『何か問題でも?』。・・・彼女は時々、私の様子を見に来た。『ちゃんとやってる? さぼってない?』。・・・『あのさあ、不満なら帰っていいんだよ』。彼女の目的はこれだった。汚れ仕事を私ひとりにやらせ、屈辱に耐えかねて私が自発的に帰れば賃金を払わなくて済む」。非正規の高齢者など、どう扱ったって問題にはならないという姿勢を、著者は告発しているのです。人材派遣企業の社長を務めた経験がある私としては、複雑な思いを抱かざるを得ません。

こういう現実を前にして、私たちに何ができるのでしょうか。暗澹たる気持ちに襲われてしまいました。

そして、ウィリアム・ワイラー監督の映画『黄昏』(1951年)を思い出してしまいました。一流料理店の支配人だった主人公が、あることを契機に、職を失い、落ちぶれていく物語だからです。