榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

幸運を逃さず、洗濯女からロシア初の女帝に上り詰めたエカチェリーナ一世・・・【情熱的読書人間のないしょ話(876)】

【amazon 『ピョートル大帝の妃』 カスタマーレビュー 2017年9月10日】 情熱的読書人間のないしょ話(876)

秋の野草観察会に参加しました。翅が真っ白で、脚が赤く、腹部に赤と黒の紋があるシロヒトリというガを見つけました。クズ、ワレモコウ、センニンソウ、マヤラン、センダングサ、ツルボ、ヤブランを観察することができました。午後は、高校の同期会の幹事会に出席しました。11月の同期会では新機軸を打ち出せそうです。因みに、本日の歩数は26,142でした。

閑話休題、『ピョートル大帝の妃――洗濯女から女帝エカチェリーナ一世へ』(河島みどり著、草思社。出版元品切れだが、amazonなどで入手可能)は、最初から最後までワクワクさせられる歴史小説です。史実に忠実な評伝という枠内に縮こまることなく、登場人物たちの内面までが生き生きと描かれているからです。

エカチェリーナの幸運を理解するには、先ず、その夫・ピョートル一世がロシアにとって史上最大の偉大な君主であったということを知る必要があります。「ピョートルの率いる新興国ロシアが急激に氷のなかから顔を出し、バルト海を自国の内海とみなしていた強大国スウェーデンを打ち破り、強引にヨーロッパに割り込んだとき、諸国の君主は極北の熊の出現に恐れと蔑視をもった」。「ピョートルがロシアの近代化をはかり、ヨーロッパに追いつき追い越せで超弩級の颱風を巻き起こし、家臣たちはツァーリにただただ盲従した」。「ペテルブルクはピョートル亡きあと、改めて(治世31年に及んだ)ツァーリの偉大さを認識した。ピョートルはロシアを強大にし、富ますことのみを考えた。ところが顕官たちはロシアからかすめ取ることばかり考えている」。

「エカチェリーナはピョートル大帝の2番目の妃である。だが彼女の過去は深い霧に閉ざされている。『ピョートル以前の古いロシアは売春宿を通って新しくなった』と痛評したのは思想家ゲルツェンだが、この一言は皇后の謎に包まれた前身を一閃できりひらいている」。

リフリャンド(現在のバルト三国のリトワニヤ共和国の一部)地方の片田舎の貧しい百姓の長女・マルタは、牧師の家に子守に出されます。「目鼻立ちのはっきりとした丸顔の少女はものごとの呑み込みが早く、明るい笑いをまき散らしながら一日中クルクルとこまめに働いた」。町がピョートルに率いられたロシア軍に降伏し、マルタは占領軍司令官の洗濯女として差し出されます。「失うもののなかったマルタにとっては、敗戦という激変も恐怖ではなかった。リフリャンドの地方都市マリエンブルクは封建的で階級制度の壁はあつく、いくら魅力的で気がきいても、しょせん下女は下女だった。・・・夜の伽の加わることなどマルタにとってはごく自然だった。牧師館で彼女はとっくに女にされていた。それは下働きの女の当然たどる道だったから」。

やがて、マルタはピョートルに見初められ、脇に侍ることになります。「はじめて身近に接した至上の人にマルタは臆し畏れる。2メートル余の背丈を持つピョートルは巨木のようにたくましく、右頬のホクロが強いアクセントとなって、表情豊かな丸顔は凛々しく美しかった。このときピョートルは男盛りの30歳、どんな女でもほれ込むほどの堂々たる美丈夫、そして万能の皇帝である。だが広大なロシアを統べる至高の君主は赤い血が通った男で、マルタを一人の女として見てくれた。そこには下女とか洗濯女という蔑視はなかった。泣きたいほどの感激にうちふるえるマルタはツァーリのためなら命をなげうってもいいと心底思った。彼女は五感をとぎすませ、ピョートルの表情をとらえ、彼が言葉を発するまえに主人の意図を察して、打てば響くように仕えた。マルタの真摯さと献身にピョートルは久しく忘れていた熱い甘い心のうずきを覚える。これまでピョートルは多くの女を夜の褥に侍らせたが、ほとんどは一夜だけで終わる存在だった。・・・君主に近づく女たちは皆がみな背後の(一族の)利益を優先させていた。そんな苦い思いのあとだけに、捨て身でつくす一途なマルタがピョートルには新鮮に映った」。この時、マルタは23歳でした。

「モスクワでピョートルを待ち、ロシアに順応していきながら、文盲だったカチェリーナ(マルタ)はスラヴの文字を習う。夫への手紙を書くために。最初の妃エウドキーヤや重臣からの、型にはまった儀礼的で美辞麗句が並べられた手紙とはちがい、カチェリーナのそれは心情にあふれ、自由な表現と機知に満ちていて、型破りなツァーリを喜ばせた」。

この後、エカチェリーナ(マルタ、カチェリーナ)はピョートル大帝の皇后となり、ピョートルの死後には強かにロシア史上初の女帝にまで上り詰めるのです。さらに、彼女の娘とその子孫が代々ロマノフ王朝の女帝、皇帝となって皇統を継いでいきます。因みに、この王朝の最後の皇帝が、ロシア革命によって、一家もろとも処刑されたニコライ二世です。

エカチェリーナが皇后となって以降も、各陣営の勢力争いや陰謀が渦巻く波瀾万丈の物語が展開されるのですが、私は、洗濯女のマルタが幸運を逃さず、栄光の階段を上っていく過程に一番興奮を覚えました。