椎名誠の読書遍歴を辿る愉しみ・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1304)】
オナガガモの雄、オナガガモの雌、カルガモの群れを見かけました。いろいろな色合いのキクが咲き競っています。ドウダンツツジが紅葉しています。イチョウが黄葉しています。因みに、本日の歩数は10,915でした。
閑話休題、『本の夢 本のちから』(椎名誠著、新日本出版社)は、椎名誠の読書遍歴を辿る愉しみに満ちています。
「手塚治虫の長編漫画『アドルフに告ぐ』全4巻の第2巻のおわりの方で、若狭湾追ヶ浜あたりのいっぱいのみ屋が出てくる。店の名前はわからないが、表の暖簾に『お酒、どて鍋、めし 丼物、関東煮』と書いてあるからせいぜいそんな程度の店だ。ここに年の頃32~33歳、鼻筋通って口もとの締まった緋牡丹のお竜のような実にいい女がいるのだ。女はその豊満な胸に竜の刺青をしている。しかしやくざというわけではなく、戦死した亭主の帰りを一人で待っている間に、ほかの男に走ったり襲われたりしないように彫った竜なのだ。戦死してしまった亭主を、刺青までして待っている、という日本海漁師町の飲み屋の女、しかもそれがふるいつきたくなるほどのいい女、というのはもうひとつの『オトコの夢』であるような気がする」。私の持っている文春文庫ビジュアル版の『アドルフに告ぐ』は全5巻で、この女は第3巻の冒頭に登場します。
『冒険に満ちた鳥類学者の世界』(川上和人著)の書評の最後の部分が、すこぶる面白いのです。「それともうひとつ、この本のオビに書かれている短文が楽しい。『売れてます! 笑えます! 続々大増刷!』『1位!』と高さ5センチぐらいの極太文字がある。その下に小さく『ただし、鳥部門(笑)』とあるのも、編集者が同じノリで面白がってつくっているのだろうなとわかり、とにかくまあ久々に読み終わるのがもったいない本に出会ってしまった」。こういう細かいところまで気がつき、それを面白おかしく綴る技は、椎名の独壇場です。
『インドの大地で』(五島昭著)に絡めて、椎名自身の体験が語られています。「そのインド旅行のときに、バナーラスのガートから実際に自分もガンガーに身をひたしてみた。そうして抜き手で100メートルほど泳いでいき、河の中から振りかえって岸のガートを眺めたのだ。そのときぼくはインドの神秘はけっして暗くない! ということをつよく確信したのである。河の中から岸を見ると今まで見えなかったいろいろなものが見えた。左右2カ所にある火葬場では薄ムラサキ色の煙があがっていたし、その横にブリキで大きくコの字に囲ってある中では赤と黄色の水泳帽をかぶった青少年たちが『水球』の練習をしていた。すこし離れたもうひとつの囲いの中では子供たちが水泳を習っていた。小船のトモのところに白い布でくるまれた死体らしきものも浮かんでいたが、よく晴れた青い空の下でバナーラスの沐浴場はじつにあっけらかんと明るく活気に満ち、そして楽しそうだった。沐浴し、朝日にむかって祈りをささげ、あるいは瞑想するガートの上のおびただしい人々も、よく見ていくとみんな楽しそうだった。・・・見わたすとこのガンガーのいたるところにいる人々がみんなそうやってよろこんでいるのである。誰も苦しんでなんかいないし、誰も絶望なんかしていない。インドのこの地をこれまでとにかく暗く暗くあやしく苦しく写してきた写真家たちよこの前に出てこい、文章家たちよペンにフタをしてここにきちんと名乗りでてきなさい!」。
椎名ワールドは、いまだ健在ですね、椎名さん。