榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

坂本龍馬と妻・お龍の会話時の息吹が伝わってくる一冊・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1388)】

【amazon 『わが夫 坂本龍馬』 カスタマーレビュー 2019年2月6日】 情熱的読書人間のないしょ話(1388)

夕方になって漸く、冷たい雨が上がりました。

閑話休題、坂本龍馬も、その妻・お龍(おりよう)も型破りで自由奔放な人間だったので、馬が合い、互いを気に入っていたのでしょう。お龍は龍馬にどう接していたのか、それに龍馬はどう応じたのか、そして、お龍は龍馬の周囲の人間をどう評していたのか――は、龍馬ファンにとっては興味津々の事柄です。

この好奇心に応えてくれるのが、『わが夫 坂本龍馬――おりょう聞書き』(一坂太郎著、朝日新書)です。

「龍馬はそれはそれは妙な男でして、まるで他人(ひと)さんとは一風違っていたのです。少しでも間違った事はどこまでも本(もと)を糺さねば承知せず、明白に謝りさえすればただちにゆるしてくれまして、『この後はかくかくせねばならぬぞ』と、丁寧に教えてくれました」。

「私の名ですか。やっぱり龍馬の龍の字です。初めて逢った時分、『お前の名のりょうはどういう字か』と問いますから、かくかくと書いて見せると、『それではおれの名といっしょだ』と、笑っておりました」。

「伏見にいた時分、夏の事で暑いから、ひと版龍馬と二人でぶらぶら涼みがてら散歩に出かけまして、だんだん夜が更けたから話しもって帰って来る途中、五、六人の新選組と出逢いました。夜だからまさか坂本とは知らぬのでしょうが、浪人と見ればなんでもかんでも叩き斬るという奴らですから、わざと私らに突き当って喧嘩をしかけたのです。すると龍馬はプイとどこへ行ったか分からなくなったので、私は困ったが、ここぞ臍の据え時と思って、平気な風をして。『あなたら、大きな声で何ですねえ』と懐ろ手ですましていると、浪人はどこへ逃げたか、などぶつぶつ怒りながら私には何もせず行き過ぎてしまいました。私はホッと安心し、三、四丁行きますと、町の角で龍馬が立ち留って待っていてくれました。『あなた、私を置き去りにして。あんまり水臭いじゃありませんか』と言うと、『いんにゃ、そういうわけじゃないが、あやつらに引っかかると、どうせ刀を抜かねば済まぬから、それが面倒で隠れたのだ。お前もこれくらいの事はふだんから心得ているだろう』と言いました」。

「(寺田屋の風呂に入っていると)コツン、コツンという音が聞こえるので、変だと思っている間もなく、風呂の外から私の肩先へ槍を突き出しましたから、私は片手で槍を捕え、わざと二階に聞こえるような大声で、『女が風呂へ入っているに、槍で突くなんか誰だ、誰だ』と言うと、『静かにせい、騒ぐと殺すぞ』と言うから、『お前さんらに殺される私じゃない』と庭へ飛び下りて、濡れ肌に袷を一枚引っかけ、帯をする間もないから跣足(はだし)で駆け出すと、陣笠をかぶって槍を持った男が矢庭に私の胸倉を取って、『二階に客があるに相違ない。名を言ってみよ』と言いますから、・・・とでたらめを言いますと、・・・私は裏の秘密梯子から駆け上がって、『捕り手が来ました。ご油断はなりませぬ』と言うと、・・・その光で下を見ると、梯子段の下はいっぱいの捕り手で、槍の穂先はぴかぴかとまるで篠薄です。(龍馬が短銃<ピストル>を)三発やると、初めに私を捕えた男が持った槍をトンと落として斃れました。私は嬉しかった・・・。もうこうなっては恐くも何ともなく、足の踏み場を自由にせねば二人(龍馬と三吉慎蔵)が働けまいと思ったから、三枚の障子を二枚まで外しかけると龍馬が、『まごまごするな、邪魔になる。坐って見ておれ』と言いますから、私は『ヘイ』と言って龍馬の側へしゃがんで見ておりました」。

「瀬戸の内海はご承知のとおり、風景の佳絶なるところですから、私は我知らず甲板に出でて、かなたこなたと眺めておりますところへ、龍馬が来て、『りょう、どうだ。なかなか風景のよい海じゃろ。お前は船が好きじゃから、天下が鎮静して、王政回復の暁には汽船を一隻造(こしら)えて日本の沿岸を廻ってみようか』と、笑いながら私の肩を軽く押さえました。私もぬからぬ顔で、『はい、私は家なぞはいりませんから、ただ丈夫な船があれば沢山。それで日本はおろか、外国の隅々まで残らず廻ってみとうございます』と言いましたので、龍馬は思わず笑い出し、『突飛な女だ』と、この事を西郷(隆盛)さんに話しますと、西郷さんが、『なかなか面白い奴じゃ。突飛な女じゃからこそ、寺田屋でも君達の危うかったのを助けたのじゃ。あれがおとなしい者であったら、君達の命がどうなったか分からない』と、果ては大笑いに笑ったそうです」。

「龍馬が筑前から伏見へ帰って来る途中、京都四条の沢屋という旅宿に泊まり込みました。・・・龍馬が泊まり込んだ時、(沢屋の娘)お国が懸想したか、龍馬が誘ったかは知りませんが、なにしろ水の出花の若い同士、一夜を千夜と契りました」。

「龍馬・中岡(慎太郎)が河原町で殺されたと聞き、西郷は怒髪天を衝くの形相凄まじく、後藤(象二郎)を捕えて、『ヌイ後藤、貴様が苦情を言わずに土佐屋敷へ入れておいたなら、こんな事にはならないのだ・・・全体土佐のやつらは薄情でいかん』と怒鳴りつけられて、後藤は苦い顔をし、『いや、苦情を言ったわけではない。実はそこにそのいろいろ・・・』『なにがいろいろだ。面白くもない。なんだ貴様も、片腕をなくして落胆したろう。土佐・薩摩を尋ねても他にあのくらいの人物はないわ・・・ええ惜しい事をした』と、さすがの西郷もくやし泣きに泣いたそうです」。

「いままで我慢に我慢をして、泣いては女々しいと堪えていたものが、いま夫の仏前に合掌して、黒髪を切った時は、龍馬在生中の色々が胸に浮かんで来て、我慢がし切れなくなって、思わず泣き倒れたまま、正体もなく泣き崩れているものですから、三吉は色々にすかして元の坐へつかせ、一同は玉串を捧げて法事をすませました」。

「ああ、龍馬の朋友や同輩もたくさんいましたが、(龍馬の死後)腹の底から深切であったのは西郷さんと勝(海舟)さんと、それから寺田屋のお登勢の三人でした」。

「龍馬が生きておったら、またなにとか面白いこともあったでしょうが・・・、これが運命というものでしょう。死んだのは昨日のように思いますが、早や三十三年になりました」。

この他、桐野利秋、小松帯刀、龍馬の婚約者だった千葉さな(佐那)子、武市半平太、近藤勇、陸奥宗光らも登場します。

龍馬とお龍の会話時の息吹が伝わってくる一冊です。