レオナルド、ミケランジェロという天才の脇で、ラファエッロが成功できた秘密・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1478)】
あちこちで、さまざまな色合いのクレマチスが咲き競っています。私の母の日のプレゼントは、女房が選んだギンガ(銀河)という品種のアジサイに決まりました。因みに、本日の歩数は10,106でした。
閑話休題、『ラファエッロの秘密』(コスタンティーノ・ドラッツィオ著、上野真弓訳、河出書房新社)は、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ・ブオナローティという天才的な芸術家と同時代を生き、37歳という短い生涯でありながら、巨匠二人に引けを取らない画業を成し遂げたラファエッロ・サンツィオの成功の秘密に肉薄しています。
「万人の認める天才ミケランジェロが、なぜラファエッロをひどく憎むのかを理解するのはそう難しいことではない。その憎しみがあまりにも大きいため、ミケランジェロはローマを去る決意をし、ラファエッロが死ぬまで戻らない。ラファエッロは、大変な美男子で、魅力的で、礼儀正しく、非常に説得力がある。一言でいえば、好きにならずにはいられない人間なのだ」。
「ローマ教皇の信頼を勝ち取るのと同時に、ヨーロッパ一の富豪との友情、イタリアで最も洗練された知識人との親密な関係、ローマで最も人気の高い高級娼婦の愛情をも得る。どんなテーブルについて賭けをしようが、必ず勝利するのだ。少々厚かましく思えるような大胆さも兼ね備えている。忠実な弟子たちに囲まれ、彼らを優秀な兵士のように鍛える。そうして弟子たちは、師匠の作風を完璧に身につけ、いかなる仕事も代わりにできるようになる。さもなければ、いくつもの作業場、ヴァティカン宮殿の教皇居室やファルネジーナ荘のフレスコ画、サン・ピエトロ大聖堂の造営やシスティーナ礼拝堂のためのタペストリー、そして、あの難題『ラ・フォルナリーナ』を、どうやって同時進行させることができたのかを説明できない。これらの仕事はすべて、ラファエッロの成功の頂点にある5年の間に行われているのである」。
「ラファエッロが絵を描く理由は二つある。愛ゆえに、そして、野心のためである。画業がより良い社会的地位を得るための手段となりうることを、彼は早くに理解する。・・・しかし、非常に巧みに行動するため、いかなる妬みも引き起こさない」。
「この、才能あふれる利口なモンスターは、しかし、一つだけ弱点がある。ハートだ。ラファエッロは大変な女好きで、いつも女に取り囲まれている。・・・(芸術家列伝の著者、ジョルジョ・)ヴァザーリは、彼の死の原因も過剰な性愛であったと確信している」。
「本質的には、まさに、この飽くなき欲望がすべての勝利をもたらすのである。あらゆる仕事に没頭し、必要ならば、自分が尊敬する芸術家の作風を剽窃することもいとわない。ラファエッロの本当の才能は、巨匠たちの芸術様式を融合させる能力にある。ペルジーノやピントゥリッキオの手法を取り入れ、それが流行はずれになるとすぐに捨て去り、レオナルドやミケランジェロの表現に浸り、ジョルジョーネやティツィアーノの色彩を加える。ラファエッロの傑作を探ることは、しばしば、手本となった原型を解読することを意味する。それらは、彼以前の誰にも表現できなかった、生き生きと動くかのような絵も下に巧みに隠されている。・・・ラファエッロが、剽窃の名人であることや、古代彫刻のポーズや他の画家たちの傑作をまねて自分流の使う手品師であることに驚いてはならない」。
例えば、1507年頃の作品「カニジャーニの聖家族」を見てみましょう。「ラファエッロは、レオナルドの甘美なポーズにミケランジェロの壮大さを加えたのであった。この頃、二人の巨匠から信用を得たラファエッロは、彼らの工房に自由に出入りすることを許され、進行中の仕事を観察しながら、どのようにして彼らの傑作が生まれるのかを学ぶ。巨匠たちは、彼らの名声と優位性をじきに脅かす存在になるであろう若き画家の才能を育てていることに気づいていない。ラファエッロは、同時代で最も有名な巨匠たちの手法を融合するのに成功し新たな様式を作り上げ、それは強烈な効果を放って認められつつある。そして、数か月後にはフィレンツェ共和国の国境を越えることになっていくのだ」。
1508年、25歳のラファエッロは、新教皇・ユリウス二世の新たな教皇居室の壁画装飾という大役を任されます。「利口な男だ。敵を作ることが非常に簡単な世界での危険性をわきまえている。ライバルの芸術家ほど厄介な存在はないのだ。ミケランジェロも同業者の嫉妬心が無分別な反応を引き起こしうることを自覚していたが、彼はシスティーナ礼拝堂の作業場で完全な孤独の中に閉じこもることを選択した。したがって、誰も傑作の誕生に立ち会うことはできない。ラファエッロは正反対の戦略をとる。自身の才能への自覚と自信を明示しながら、集団での作業を始めるのだ。そこでは、世代の違う画家たち、・・・彼らが筆をとおして通じ合う。これまでこのような壮大な事業を経験したことのなかったラファエッロは、年長の画家たちから基本的な助言を受け、若い画家たちに自分の構想を具体的に制作させる。作業場での経験はそれほどないのに、立派なマエストロとしてふるまい、強い個性を持つ目立ちたがり屋の画家たちをうまく調整するのである」。ラファエッロの指揮下で、ユリウス二世の教皇居室の間は、正真正銘の制作作業場となり、ここで傑作が誕生し、それらは美術史の流れを変えることになっていくのです。まだ20代のラファエッロが、彼の持つ二つの長所、すなわち度胸と大胆さで、巨匠――レオナルドとミケランジェロの世界を突き破るのです。
ラファエッロの成功が、●優れた先輩たちの手法を躊躇することなく取り入れる、●その手法を融合させた上に、自分の工夫を付け加えて付加価値を生み出す、●扱い難い連中も上手に手懐け、リーダーシップを発揮して、強力な組織を作り上げる、●全てを自分でやるのではなく、メンバーでもできる仕事は大胆に任せることによって、同時進行の複数のプロジェクトを成功させる、●人に好かれ、できるだけ敵を作らないように、嫉妬を招かぬように、思慮深い行動をとる――によるものだとしたら、彼が現代のビジネスパーソンであっても、間違いなく成功を勝ち得ていたことでしょう。ただし、華麗な女性関係で足を掬われないという条件付きで。