ダーウィンの『種の起原』は、創造説を妄信するビーグル号艦長への反発から生まれた・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1824)】
千葉・柏の「あけぼの山農業公園」では、さまざまな色合いのチューリップがタペストリーのような景観を呈しています。
閑話休題、エッセイ集『大切なことは言葉にならない――養老孟司の大言論Ⅲ』(養老孟司著、新潮文庫)に収められている「科学と宗教の関係」には、興味深いことが書かれています。
「自然科学者の心理と宗教との関係で、私が典型的かつ重要だと信じる一例は、チャールズ・ダーウィンである。・・・米国の生物学者であり、理論家だったスティーヴン・グールドは、ダーウィンの『種の起原』そのもののアイディアが、ある意味での宗教論争から生み出されたと推測している。『種の起源』の根本的な思想が、ビーグル号での5年間にわたる航海のなかで生まれたというのは、周知の事実である。ビーグル号は英国海軍の測量艦で、南アメリカ沿岸の測量を行うために現地に派遣された。当時はこうした船に博物学者を乗せる習慣があった。ビーグル号の艦長フィッツロイも、その慣習に従って、航海に同行する博物学者を募集した。たまたま解剖が嫌いで医者になりそびれ、神学を学ばされたが牧師になる気はなくて迷っていたダーウィンが、先輩の学者たちの勧めもあって、まさに渡りに船で応募する。当時の艦長は船の中では孤独である。・・・学者はいわばお客さんだから、艦長と差し向かいで食事をする。ところがこのフィッツロイ艦長が、コチコチに輪をかけたクリスチャンで、創造説の堅い信者だったとグールドはいう。創造説とは、旧約聖書に書いてあるとおり、神様が世界を『1週間』で創造し、すべての生物種はそのときに創られた、という考えを指す。ダーウィンの思想は、むろんそれとは真っ向から対立する」。
「その相手と、5年間の航海のあいだ、食事を共にしなければならない。博物学に関心が強く、しかもいちおう神学を学んだダーウィンが、フィッツロイのような素人がいう神学をさんざん聞かされたら、腹の中で反発しないはずがないではないか。しかしいわば雇い主であり、絶対者である艦長の機嫌を損ねたくない若者としては、直接には反論できなかったはずである。グールドはそう推測する。だからダーウィンは、フィッツロイのいうことに、いちいち腹の底で強く反論していたのではないか。その反発こそが、自然選択というアイディアと、あの丁寧でしつこい論証を産み出したのだ、と。フィッツロイの議論を思い起こし、それに反発しながら、最終的に『種の起原』を書いたに違いない、というわけである」。
「神は妄想である」も印象に残りました。「自然科学からいうなら、神は妄想である。それは私のいったことではない。『利己的な遺伝子』で有名なイギリスの進化学者リチャード・ドーキンスが、先ごろ(2007年)『神は妄想である』という本を書いた。ドーキンスはコチコチの理性主義者だから、こういう本を書いて当然だと思う。私はかれの意見に全面的に賛成というわけではない。ドーキンスのような理性主義者は、理性で扱えないものがあることを根本的には信じていない。おかげで議論の前提に大穴が開いたりする」。
「ドーキンスは自分を無神論者だとする。でも人はなにかを信じないではいられない。とくに一神教世界では、信仰への圧力が強いはずである。だから無神論がほとんど宗教的確信に近づいてしまう。本気で戦えば、『敵に似てくる』のである。ドーキンスの書物も、異文化の私から見れば、教会との内ゲバでしかないようにも思える面がある。『まったく異なった視点』というものがないからである。そういうときには、えてして極端な対立が生じる」。
『神は妄想である』を読んだ私としては、養老の言い分も分かるが、ドーキンスに軍配を上げたい気分です。
巻末に、「養老孟司 オススメ本リスト」として、150冊を超える本が挙げられていて、大変参考になります。