榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

二代目シェイクスピア&カンバニー書店の老店主と居候たちの風変わりな日々・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1883)】

【amazon 『シェイクスピア&カンパニー書店の優しき日々』 カスタマーレビュー 2020年6月9日】 情熱的読書人間のないしょ話(1883)

千葉・流山市立図書館初石分館では、本日から、新型コロナウイルス感染防止に配慮しながら通常業務が再開されたので、毎日、利用する私にとっては大助かりです。その庭で、サボテンが橙色の花を咲かせ始めました。ルリマツリ(プルンバゴ。青色)、ゲンペイカズラ(花は赤色、白いのは萼)、キョウガノコ(赤紫色)、コエビソウ(花は白色、薄赤色には苞)が花を咲かせています。我が家の庭では、ナツツバキ(白色)が咲き始めました。さまざまな色合いのアジサイ、ガクアジサイも頑張っています。

閑話休題、『シェイクスピア&カンパニー書店の優しき日々』(ジェレミー・マーサー著、市川恵里訳、河出文庫)は、本好き、本屋好きには堪らない一冊です。

かつて、フランス・パリに、シルヴィア・ビーチが経営する英語書籍を扱うシェイクスピア&カンパニー書店という有名な書店がありました。本書は、その店名と精神を受け継いだ二代目シェイクスピア&カンパニー書店に転がり込み、数カ月を過ごしたカナダの青年が綴った回想録です。

この二代目書店は、只の書店ではなく、「人類のために生きよ」、「見知らぬ人に冷たくするな 変装した天使かもしれないから」をモットーに、行き場のない何人もの若者たちを無料で住まわせていたのです。この居候たちはいずれもユニークな人間ばかりだが、何と言っても一番ユニークなのは、書店のオーナー、ジョージ・ホイットマンです。

「1963年、ジョージは50歳の誕生日を祝い、その1年後に店の名を変えた。昔からシルヴィア・ビーチのファンであったジョージは、シェイクスピア・アンド・カンパニーという名は『3つの言葉でできた小説』であると讃美していた。ピーチとお茶を飲んだこともあり、時おりビーチがル・ミストラル(ジョージの書店名)を訪れることさえあった。1962年にビーチが亡くなると、ジョージは彼女の蔵書を買い取り、1964年、ウィリアム・シェイクスピア生誕4百年に、店の名をシェイクスピア・アンド・カンパニーと改めた。勝手に名前を盗み、金儲けをしていると中傷する者もいるが、ジョージが抜け目のない人間だったら、そもそも自分の店を、不満を抱え、新しいものを生み出そうと必死になっている者たちの聖域になどしなかっただろう。店の名前は前よりも文学的になったが、店自体はどちらかといえばいっそう政治的になった。ジョージはパリに立ち寄った反体制派や作家たちに宿を提供しつづけたばかりでなく、『パリ自由大学』という連続講義を開き、ヴェトナム戦争への抗議集会を長年にわたって主催し、1968年の5月革命の際には学生たちを本のあいだにかくまった」。

「(僕がこの店に辿り着いた時)彼は86歳になっていた。・・・晩年に書店を経営するなんてだれひとりできなかったはずだ。ジョージはシェイクスピア・アンド・カンパニーを経営しつづけてきただけではない。生きた本の博物館と貧しい作家のための簡易宿泊所をつくりあげたのだ。『そう思うか?』。ジョージは自分がなしとげたことの大きさがまったくわかっていないかのように、遠慮がちなほほえみをうかべて言う。『書店を装った社会主義的ユートピアを運営していると言いたいところだが、時々自分でもわからなくなる』」。

「『何読んでる』。彼は問いただし、僕の本の表紙を指ではじいた。表紙を見せると、ジョージはよろしいというようにうなずいた。『僕は<青白い炎>のほうがいいけどね。しかしね、なんといっても一番すばらしいのはロシア文学の名作だよ。特に好きなのは<白痴>だな。僕はムイシュキン公爵にちょっと似ているような気がするんだ。自分の夢の世界の中で、現実をまるで把握できないまま。全力を尽くそうとじたばたしてる』」。

「長年のパリ生活を通じて、ジョージに惹きつけられた若い女性は数知れない。彼は颯爽としていたし、ロマンティックな理想をもち、詩人のように生きていて、おまけにハンサムだった。何度か婚約したこともある。・・・こうして幾度か愛の虜になりかけたものの、初めて結婚したのは70歳を目前にした頃だった。・・・彼女は28歳、彼は68歳だったが、二人はデートをし、恋に落ち、結婚した。・・・金という金はシェイクスピア・アンド・カンパニーの夢の実現のために蓄えられた。人間関係においては相手に合わせることも必要だが、ジョージはすでに70の坂を越えていたし、昔から妥協とは無縁の人間だった。妻はまず店を出て、近くのホテルに泊まった。その後、(ジョージとの間にできた一人娘を連れて)完全にパリから出ていき、二人のコミュニケーションは、双方の弁護士のあいだでやりとりされる手紙だけになった」。

「ここにたどりついたとき、シェイクスピア・アンド・カンパニーは僕の悩みをすべて解決してくれるように思われた。立ち直るための場所と、この先どうすべきか考えるための時間と、僕自身の減滅をまぎらすのにちょうどいい、はぐれ者の集まり。見つけたばかりの避難所が(ホテル王による買収攻勢という)危機に瀕していることを知り。僕は新規改宗者の情熱をもって店を救う方法を考えはじめた」。

本書は、「シェイクスピア・アンド・カンパニーでジョージと暮らしたことで僕は変わり、これまでの人生と自分が望む人生について考えるようになった。さしあたり、僕はすわって、キーボードを打ち、よりよい人間になろうと努めている。人生はまだ進行中である」と結ばれています。