ナメクジは、論理思考をともなう連合学習もこなしているって、本当?・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2057)】
13日間通って、漸く、イソヒヨドリの雄(写真1~5)を撮影することができました。カケス(写真6~8)、モズの雄(写真9、10)をカメラに収めました。因みに、本日の歩数は14,465でした。
閑話休題、『考えるナメクジ――人間をしのぐ驚異の脳機能』(松尾亮太著、さくら舎)を読んだら、ナメクジに対する尊敬の念が湧いてきました。
「実験をしてみると、(ナメクジの)行動はきわめてシンプルで、ナメクジが野菜などの好きなにおいと嫌いな刺激(苦み物質など)とを組み合わせて与えられると、その嫌な刺激に懲りて、以降その野菜を避けるようになる、という学習が可能で、とても賢い動物であることを確かめることができました。・・・そして、『ヒトの脳と比べると10万分の1の数しかニューロン(神経細胞)を持たないのに、なんと賢い動物なのか』と感心したのを思い出します。その後、研究を進めるにしたがって、次々とナメクジの脳のすごさを思い知らされることになり、すっかりナメクジの脳の虜になってしまいました」。
「たとえば、ナメクジは、単ににおいと嫌いな刺激を結びつける『学習』だけでなく、もっとむずかしい『論理思考をともなう連合学習』もこなします。論理思考ができる、とはどういうことか。わかりやすくいえば、『A=BでB=Cであれば、A=C』といった理屈がわかる、ということです。また、脳や触角は破壊・切断されたまま放置されてもひとりでに再生しますし、取り出された脳自体もそのままでしばらく生きつづけます。必要となれば、細胞内にあるDNA(デオキシリボ核酸)を、倍々ゲーム方式で何千倍にも増やすこともやってのけます。さらに、触角の先端にある眼を除去されても脳で直接光を感じ取り、暗い場所へ逃げ込むことだってできるのです。それらはどれも人間の脳にはマネできない能力だといえます」。
「本書では、ナメクジの脳機能に着目し,ヒトができることをナメクジもできる、という話だけでなく、ヒトの脳ではできないようなことをナメクジの脳がやってのける、という話を中心に紹介したいと思います」。この宣言は、きっちりと実現されています。
ナメクジ研究者である著者の、ナメクジに対する愛情と尊敬の念が熱く伝わってきます。
「(ナメクジのように)ヒトでは脳の役割とみなされる記憶などの機能を、脳以外の神経部位に振り分けているような動物が存在することを思うと、臓器移植を考える際に避けて通ることのできない『脳死はヒトの死か』という問題が持つむずかしさに気づかされます」。
「ナメクジやカタツムリは、単に2つの刺激を組み合わせるような学習だけでなく、学習した際の周囲の雰囲気、環境、文脈、といった複合的ともいえる要因を含めた学習もできる、ということがいえそうです。こういった学習には脳のどの部分が関与しているのか、まだわかってはいません」。
「ナメクジの脳の中では、前頭葉はいわば最もヒトの大脳に近い構造であるといえ、実際、高次の情報処理をになっているという点ではたがいに似た役割を果たしているといえます。こういった脳らしい脳の部分が、壊されても勝手に再生する、というのは驚きでした。ただ、多くの神経組織を含む触角も、切られてから自発的に再生することを考えると、ナメクジの脳にそのような能力があってもおかしくないと思えます」。
「ヒトなどの動物では、脳のニューロンは細胞分裂を停止した状態でいます。新たにつくられるニューロンの数もきわめて限られています。したがって、ヒトでは、脳内のニューロンの数は、成長にともなって減っていく一方です。もし新しいニューロンがつくり出されると、それを既存の神経ネットワーク(=記憶など)を乱すことなくそこにどう組み込むか、という問題が生じます。われわれヒトの脳は、DNA複製のレベルでニューロンの分裂を抑えておくことで、新たなニューロンのネットワークへの組み込み、というむずかしい問題を回避しているのかもしれません。そして、ニューロンが増えないのは、細胞分裂に先立つDNAの複製が厳密に抑制されているためです。しかし、この抑制がなにかのはずみで外れ、うっかりDNAを(一部分でも)複製してしまうと、ニューロンはその機能に異常をきたし、場合によっては死んでしまうことがあります。実際、アルツハイマー病患者の脳では、細胞内DNAの量が中途半端に増えているニューロンが健常者よりも多く見つかることが報告されています。このように、ニューロンにおけるDNAの複製は基本的にご法度なのです。しかし、ナメクジの脳はこの禁をおかして、大胆にもニューロンが持つDNAを何回も倍増させています。これでなぜナメクジのニューロンが無事なのかまだよくわかりませんが、全部の染色体DNAを過不足なくきちんと複製できていれば、ニューロンの生理機能や生存に問題は生じないのかもしれません。とにかく、ナメクジの脳のニューロンでできることが、ヒトではむずかしいようです。両者のニューロンにおけるDNA複製機構の分子レベルでの違いをよく調べれば、アルツハイマー病の病因のひとつが突き止められるかもしれません。こうしてみると、ヒトであれば病理現象とみなされる事象を、ナメクジは生存に役立つ生理現象として利用しているのです。『べつにわるいことしてないじゃん』という感じでしょうか。非常にしたたかな生存戦略だといえるでしょう」。アルツハイマー病の解明に貢献できるかもしれないとは! 急に、ナメクジが貴重な存在に感じられてきました。
「神経科学の『常識』は、ナメクジ脳では『非常識』で、ナメクジ脳の『常識』は神経科学の世界では『非常識』に分類されることがわかりました」。全く、そのとおりですね。