榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

里山を守ろうとする市民vs強制収用して道路を通そうとする行政の息詰まる対決のドキュメント・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2334)】

【読書クラブ 本好きですか? 2021年9月7日号】 情熱的読書人間のないしょ話(2334)

パトロール中のギンヤンマの雄(写真1、2)が中央に写っているが、小さく不鮮明なので分からないでしょうね(涙)。これでは形態がはっきりしないので、4年前に捕らえたギンヤンマの雄(写真3、4)の写真を引っ張り出してきました。撮影後、彼のパトロール場所に戻してやりました。序でに、1年前に撮影したギンヤンマの交尾・産卵(写真5)、クロスジギンヤンマの雄(写真6)も載せておきます。ショウジョウトンボの雄(写真7)、アオモンイトトンボの雄(写真8~10)、木の葉から飛び降りたサトクダマキモドキの雌(写真11、12)、泳ぐシマヘビ(写真13)をカメラに収めました。得体の知れない生物が、我が家に出現しました。自然観察会仲間で生物に造詣の深いSさんに問い合わせたところ、アリグモ属(写真14)のタイリクアリグモかヤガタアリグモではないかとのことです。見事にアリに擬態しているので、まさかクモとは思いませんでした。

閑話休題、自然観察会の仲間で、里山を守る活動に熱心に参加している樫聡さんから薦められた『「関さんの森」の奇跡――市民が育む里山が地球を救う』(関啓子著、新評論)を手にしました。

舞台は、千葉県松戸市幸谷の屋敷林と庭、農園、梅林、湧水池などから構成されている2.1ヘクタールの「関さんの森」です。「松戸市当局の依頼で京急機関が本格的な生態系調査を行ったところ、豊かな生物多様性が立証されました。小さいけれど、都市のなかにあって里山的な風情を十分に残す貴重な森となっています」。

「ところが、2008年、この里山が壊されるという決定が下されました。前の東京オリンピックが開催された1964年に都市計画が決定され、長きにわたって亡霊化していた道路計画が再び目を覚ましたのです。これにより、道路という公共性と教育・学習および福祉という公共性が対立することになったのです。前者を支援したのは、経済的利益という価値観と利権でした。そして、後者をサポートしたのが生物多様性と公共的利用という価値観です」。

「何の前ぶれもなく、『関さんの森』に悲劇が襲いました。なんと行政が、この場所を対象として、土地収用法に基づく強制収用の手続きを開始したのです。『育む会』の活動拠点となっている『屋敷林』と『こどもの広場』はもとより、江戸時代の歴史的建造物や樹林など、エコミュージアムの拠点が丸ごと破壊されることになったのです」。

「『育む会』の闘いぶりの特徴の1つは正攻、つまり自然の価値と生物多様性の重要性、森の公共的な利用実態、多くの人びとによって認められた公共圏であることを、真正面から科学的根拠を挙げて主張することでした。何とかその重要性を分かってほしいと力説し、声を張り上げることもしましたが、この市民の声は行政に届きませんでした。今思えば当たり前のことですが、価値を共有していない行政にとって、それはたわごとにしか映らなかったのです」。

「2つ目の特徴は、道路建設の代案づくりです。『育む会』と地権者は『道路を通すな』と言っているわけではなく、自然破壊を最小限にすることを要望しているのです。そのため、自然を壊す度合いのより少ない迂回道路案を作成して提示することにしました。さらに、迂回道路のために必要とされる用地を寄付する旨を地権者(関家)は申し出たのです。まさに、腹をくくったわけです」。

「3つ目の特徴は、道路問題を公共の論議に乗せることでした。そのためにシンポジウムなどを開催して、多くの人びとに事態を知ってもらうように努めました。・・・(その一環のフォーラムの)実行委員長であった中村攻さん(千葉大学名誉教授)の結びの挨拶がとても印象的でした。『市が進めている直線案と、関さん側が提案している迂回案の、どちらが公共の福祉のためになるか、答えは明瞭です』」。

「行政側は、道路づくりのスペシャリスト集団です。しかも、地権者の資産などといった個人銃砲のすべてを握っているので、さまざまな攻撃カードを用意することができます。チャンスと見ればそれらを繰り出し、余裕しゃくしゃくといった闘いぶりでした。『育む会』側は直球勝負といういささか単調なものでしたが、行政側には、剛速球あり、変化球ありと、球種が豊富だったのです。・・・そして、ついに、行政側が『育む会』のバットをへし折るような剛速球を投げてきたのです。それが、強制収用手続きの一環としての『強制立ち入り調査』です。2008年8月7日に実施されました」。

「言うまでもなく『育む会』側は劣勢であったわけですが、こうした奮闘に対して次々と援軍が登場することになりました」。

樫さんと共に里山を守る活動に参加している田中利勝さん、川北裕之さんも登場します。

「ようやく都市計画道路の変更が決定しました。2019年5月31日、松戸市の都市計画審議会が開催され、都市計画道路3・3・7号線の線形変更が決りました」。

「長い、長い道のりでした。市民が育んできた自然環境が道路計画によって脅かされ、ついには強制収用によって破壊寸前まで追い込まれていました。どうにか強制収用手続きが中断され、ついに中止されたのは、自然保護を願う市民の声と活動によってでした。環境保護を求める国際世論がどんなに盛り上がっても、日本においては、公共事業としての道路建設は揺るがぬ最優先事項であり続けてきました。都市計画道路は変更しない、公共事業は見直さない――これが、道路国家日本のこれまでの姿でした。それだけに、『関さんの森』を護るための都市計画道路の線形変更は、わずかに迂回するだけですが画期的なことと言えます」。

「『関さんの森を育む会』(代表・武笠紀子)と『関さんの森エコミュージアム』(代表・木下紀喜)はますます活動の幅を広げ、進化を続けています」。

「日本中どこでもそうでしょうが、里山の命運は、人びとがどのようなまちをつくろうとしているのか、また心地よい暮らしの場をどのように築こうとするのかという意識にかかっています。簡単に言えば、人びとが自らと子孫の暮らしの質を高めるために、存在証明とも言える『自然を護る活動』に踏み出すかどうかが鍵になる、ということです」。

本書を読み終えて、和田竜の歴史小説『のぼうの城』を思い浮かべてしまいました。石田三成率いる圧倒的な大軍に包囲されながらも屈しなかった忍城の成田長親の戦いぶりが、『育む会』の粘り強い闘いぶりと重なって見えるからです。

私は、里山が大好きです!