凄惨な女子高生コンクリート詰め殺人事件の取材記録・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2415)】
カワラヒワ(写真1)、ムクドリ(写真2)、コサギ(写真3)、アオサギ(写真4、5)をカメラに収めました。
閑話休題、『うちの子がなぜ!――女子高生コンクリート詰め殺人事件』(佐瀬稔著、草思社)は、凄惨な女子高生コンクリート詰め殺人事件の関係者に対する取材で構成されています。
「被害者がまさに被害者になるのは、この11月28日以降である。加わったのは、(少年)4人のほか、別の少年2人。一夫(仮名)の発案で、カゼ薬を覚醒剤ということにしてみんなで飲み、ラリったふりをよそおって襲いかかる。声がもれないようにふとんをかぶせ、次々に犯した。以後、わずかの間だが、被害者は脱出をはかる。12月初め、隙をうかがって家の外に出ようとして発見され、連れ戻された。110番に電話したが、これもすぐ発見され、電話を切られた。警察が『何かあったのですか』とかけ返してきた電話には一夫が出て、とっさの機転でごまかした。そのあとで、凄まじいリンチ」。
「そのとき、被害者はこんな状態に追い込まれていた。一夫がのべる。『家に帰って(警察に)訴えたら、オレたちは捕まってもオレたちの(ヤクザの)仲間が何十人もいる。そいつらがお前の家に火をつけて、家族をみな殺しにする。お前たちを必ず殺しに行くぞ、とおどかしていました。(被害者は)それを信じていたわけです。オレたちは、お前を狙っているヤクザから、お前を守ってやっているんだ、とも言いました』」。
「(被害者の)少女は、待っていた男たちの顔を見て、脱出の企図を捨てる。ここで逃げたら、怖いヤクザの仕返しが家族に及ぶ、と恐怖して動くに動けなかった」。
「このとき、被害者は脅迫にあって金縛りの状態だったが、まだ人格は保っていた。やがて、凄惨なリンチ、暴行が始まり、肉体の損傷とともに17歳の人格が崩壊する」。
「『(家に帰っても警察には言わないということについて)<信じてもらえるまでなんでもやります>と言ったので、一夫先輩が<じゃあ、お前、裸になって踊れよ。お前、ディスコ好きなんだろう>と言って踊らせました。そのあとまた<信じてもらえるまでなんでもやります>と言わせ、一夫先輩がほかのこともさせました。それから<誰が好きか言え>と言わせ、ぼくの名前を言ったので<次郎(仮名)君、きてえ、と言え>と言い、そう言ったら<もっと色っぽく言え>と言いました』」。
「暴力と凌辱は徹底的だった。初めは『警察にチンコロ(通報)されたらヤバイ』と圧力をかけていたつもりだったのが、次第に暴力そのものを楽しむようになる。殴った顔が無残にはれ上がると『このまま家に帰すとバレてしまう』と恐れ、やがてにっちもさっちも行かなくなる。ライター用オイルで焼いた傷跡が化膿してひどく臭うようになり、性的な興味を失う。『こいつ、なんとかならないのか』と身勝手な被害者意識が生まれてきて。それがまた暴力を呼んだ」。
「彼らは、都合の悪いものをいっさい見ようとはしなかった。被害者は完全に厄介者になっている。いなくなってくれれば一番ありがたいのだが、家に帰せば自分たちの悪事が露顕する。帰さなければ憂鬱が増す。八方ふさがりで身動きもできない。そういう窮状には目を向けず、無意識のうちにこみあげるいらだちを、はてしない暴行で解放した。のたうち回る被害者を見ても、視野に入るのは、人の苦痛・悲嘆・恨みではなくて『面白い』ということだけだった」。
「判決文は次のようにのべている。『ドラム缶にコンクリート詰めの状態で発見された被害者の遺体の状況は、身長が166.2センチメートル、体重が44.6キログラム、腹部の皮下脂肪が約1センチメートルとなっている。監禁以前の体重約53キログラムに比べて、発見時の右体重は軽すぎること、平均的な女性の皮下脂肪の厚さに比べて3分の2程度しかなく、死亡時に高度の栄養失調状態にあったことが肯定されている。12月中旬ころからは、三雄(仮名)の兄がパンや牛乳、卵など、自宅にあった食べ物を与えるにすぎず、同月末ごろからは1日に牛乳を0.2リットル与える程度になり、前記の体重が減少したことや、脂肪層が脆弱となったのは、長期間の監禁中に満足に食べ物を与えられなかったことや、衰弱につれ食欲が減退したことに起因するものと言え、同女は(殺された)1月4日時点ですでに極端な栄養障害に陥っていたことが追認される。被告人らの捜査・公判段階でも供述等を総合すれば、12月下旬には、同女は自分の力で階下のトイレに行くのも不自由な状態になっており。1月4日早朝、被告人らから暴行を受ける直前の同女が、それ以前に受けた度重なる強度の暴行等により、顔面は頬が鼻の高さに並び、目が判別できないほどはれあがり、脚の部分などの多数か所にできた火傷が治る暇なく化膿して異臭を放ち、ぐったり仰臥していたという状態で、1月4日の屈辱的所業を外形的には唯々諾々と受け入れ、長時間にわたる各種暴行に対する抵抗・反応もほとんどしめさなかったことに照らせば、すでに全体症状は非常に悪化しており、長時間の監禁中、孤立無援の状態に置かれていじめ抜かれたことから、正常な気力を保持できず、当日はすでにある種の精神的錯乱の徴候を呈していたとも考えられ、いずれにしても、同日、暴行を受ける以前には、前記の極端な栄養障害とあいまって、極度の衰弱状態に陥っていたと見る』」。
どうしたら、こういう犯罪を防げるかを考えるべきなのだが、その前に、卑劣な事件を起こした少年たちへの怒りで、体の震えが止まりません。