榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

この本に出会えて、よかった! 落合博満の神髄を垣間見ることができて、本当によかった!・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2528)】

ヨシノツツジ(ツツジとシャクナゲの交配種。写真1~3)、クロッカス(写真4~8)、ムスカリ(写真9、10)が咲いています。ヒマラヤユキノシタ(写真11、12)が蕾を付けています。ユリノキ(写真13)が集合果を付けています。

閑話休題、長年、組織で皆から好かれようと気を使いながら仕事をしてきた私にとって、嫌われることを物ともしない落合博満は興味をそそられる人物でした。今回、手にした『嫌われた監督――落合博満は中日をどう変えたのか』(鈴木忠平著、文藝春秋)は、私の期待を大きく超える力作でした。

落合と間近に接した12人の男たちとのやり取りを通じて、落合という得体の知れない人物の実像が立体的に浮かび上がってくるという手法が見事に成功しているからです。●川崎憲次郎=「開幕投手はお前でいく――」、3年間、一軍で投げていない川崎に落合は言った。●森野将彦=「打つことでお前は立浪に勝てない。ただ・・・』。強打者・森野に落合は術を示す。●福留孝介=優勝を決める打席。福留の脳裏に落合の声が甦る。「一流ってのはな、シンプルなんだ」。●宇野勝=「打撃は良くて3割。守りなら10割を目指せる」。落合の言葉に、宇野はジレンマを覚えた。●岡本真也=2007年、球界大記録目前の山井交代劇。岡本の眼がブルペンを発つ岩瀬を追う。●中田宗男=10年先を見据えてスカウトする中田。だが落合は、「すぐ使える選手を」と求めた。●吉見一起=「うちにエースはいない」。前年10勝を挙げた吉見は、落合のその言葉に、投手とは、エースとは何かを考えた。●和田一浩=「チームのことなんて考えなくていい」。走者のために打った和田を落合は咎めた。●小林正人=「相手はお前を嫌がっている――」。落合のその言葉が、俯く小林の眼前を拓いた。●井手峻=「なぜ当然のことを言って非難される」。星野に背いた落合は、井手を前に吐露した。●トニ・ブランコ=「お前の力をわかった上で契約している」。沈鬱な表情の異国の打者に、落合は言った。●荒木雅博=「お前らボールを目で追うようになった」。荒木と井端をコンバートした落合の真意は、誰にもわからなかった。

森野のケース――
「落合がゲーム中に座っているのはベンチの左端だった。いつも、ホームベースに最も近いその場所からじっと戦況を見つめている。『俺が座っているところからはな、三遊間がよく見えるんだよ』。落合は意味ありげに言った。確かにそこからはサードとショートの間が正面に見えるはずだ。『これまで抜けなかった打球がな、年々そこを抜けていくようになってきたんだ』。どこか謎かけのような響きがあった。私は一瞬考えてから、その言葉の意味を理解した。背筋にゾクッとするものが走った。落合は立浪のことを言っているのだ。ベンチから定点観測するなかで、三塁手としての立浪の守備範囲がじわじわと狭まっているのを見抜いていたのだ。だから森野にノックを打った・・・」。

岡本のケース――
「岩瀬がマウンドに召集された。山井はプロ野球史上初めての(日本シリーズで完全試合という)大記録を目前にして、マウンドを降りるのだ。落合はやはりそういう決断をした。・・・これがこのチームの戦い方なのだ。・・・(岩瀬は)自らの戦場へと向かった。岡本はドアの向こうへ消えていく岩瀬の背中を呆然と見送った」。

「この決断に味方はいない・・・。それだけは、はっきりとわかった。もし、このイニングに失点するようなことがあれば、もし、この試合に敗れるようなことがあれば、想像を絶するような批判に晒されるだろう。あるいは永遠に汚名を背負っていくことになるかもしれない。落合はそれを覚悟した上で答えを出した」。

「『監督っていうのはな、選手もスタッフもその家族も、全員が乗っている船を目指す港に到着させなけりゃならないんだ。誰か一人のために、その船を沈めるわけにはいかないんだ。そう言えば、わかるだろ?』。落合はそこまで言うと、また力のない笑みに戻った。・・・勝者とは、こういうものか・・・。私は戦慄していた」。

荒木のケース――
「ある夜、荒木はずっと抱えてきた疑問をぶつけてみた。『使う選手と使わない選手をどこで測っているんですか?』。落合の物差しが知りたかった。すると、指揮官はじろりと荒木を見て、言った。『心配するな。俺はお前が好きだから試合に使っているわけじゃない。俺は好き嫌いで選手を見ていない』。荒木は一瞬、その言葉をどう解釈するべきか迷ったが、最終的には褒め言葉なのだろうと受け止めた。『でもな・・・この世界、そうじゃない人間の方が多いんだ』。落合は少し笑ってグラスを置くと、荒木の眼を見た。『だからお前は、監督から嫌われても、使わざるを得ないような選手になれよ――』。その言葉はずっと荒木の胸から消えなかった」。

この本に出会えて、よかった! 落合の神髄を垣間見ることができて、本当によかった!