榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

何度も読み返したい「推理小説+犯罪小説+女の一生物語」の傑作・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2546)】

【読書クラブ 本好きですか? 2022年4月7日号】 情熱的読書人間のないしょ話(2546)

サトザクラ(ヤエザクラ。写真1~6)、ベニバナトキワマンサク(写真7、8)、モミジイチゴ(写真9~12)が咲いています。スギナの胞子茎であるツクシ(写真13)を見つけました。我が家の庭では、遅蒔きながらモクレン(シモクレン。写真14)が咲いています。因みに、本日の歩数は11,694でした。

閑話休題、『神よ憐れみたまえ』(小池真理子著、新潮社)は単行本で570ページあるが、一気に読み通してしまいました。

「私の父は、典型的な苦労知らずの(有名な黒沢製菓の)御曹司だった。(黒沢家が経営する)黒沢亭で見そめた母に夢中になり、周囲の反対を押し切って結婚。誰よりも母を愛した。母以外の女性に父が惹かれたことは、一度もなかったのではないか、と思う。母は娘の私が言うのもおこがましいが、美しい人だった。清楚で優しく家庭的で、父から愛されていることを誇りとしながら、父に寄り添っていた。父は仕事が多忙だったが、母に負けず劣らず家庭的だった。家庭を愛するあまり、家庭そのものに恋をしていた、と言ってもいい。父はたった一時間、いや、場合によっては三十分だけ、母や私と水入らずで過ごす時間を捻出するために、涙ぐましい努力をしてくれた。しかも常に笑顔だった。疲れて不機嫌な様子を見せたことはなかった。外で車の音がする。パパのお帰りよ、と母が顔を輝かせる。私は母と、そして、時には(通いの家政婦)たづも一緒に、玄関まで父を出迎えに走る。引き戸を開けて入って来る父。その手から鞄を受け取る母。一瞬、二人が眼と眼を見交わし、おっとりと幸福そうに微笑し合うのを私は少し離れたところから眺めている。時には幸福なジェラシーに包まれながら。暮らし向きは豊かだった。若いころからクラシック音楽に造詣が深かった父は、当時から高級品だったアップライトのピアノを買って、私に習わせた。休日にはビクターのステレオでクラシック音楽のレコードをかけ、私と母にその曲の素晴らしさを語った。作曲家、演奏家、指揮者についての知識も与えてくれた。私は父に言われた通り、音楽教育にかけては他の追随を許さない名門の聖蘭学園初等部に入学した。そして十二になった年の十一月まで、文字通り何の苦しみのない、まことに幸福な日々を過ごしたのである。そう、あの十二年の歳月は私にとって完全無欠の、調和した幸福な日々だった」。

「私」こと黒沢百々子は、皆が振り返るような健康的な美少女でした。

ところが、百々子が12歳の時、父と母は自宅の応接間で何者かに惨殺されてしまったのです。

小池真理子が10年かけて書き上げた作品だけあって、前半は惨殺犯はだれかという推理小説的世界、後半は犯人の真理が描かれる犯罪小説的世界、そして全体の底流をなしているのが女の波瀾万丈の一生の物語という凝った構成になっています。

推理小説的部分ではサスペンス溢れる展開に心を奪われ、犯罪小説的部分では自分が犯人であるかのような息苦しさに襲われました。そして、女の一生の部分では、百々子のように類い稀な美しい容姿に恵まれていても、人生では何が起こるか分からないということを思い知らされました。

これから先、何度も何度も読み返して熟読玩味したい作品です。