ここから出る唯一の道は、再婚相手から選ばれることです・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2586)
頭上で囀るカワラヒワ(写真1、2)、メジロ(写真3、4)のせいで目が覚めました。ヒメウラナミジャノメ(写真5)をカメラに収めました。
閑話休題、ディストピア短篇小説集『人類対自然』(ダイアン・クック著、壁谷さくら訳、白水社)に収められている『前に進む』は、配偶者を亡くし、あるいは配偶者に去られて自活できない男女がシェルターに収容され、再婚に向けて奇妙な再教育を受ける様が生々しく描かれています。
「(夫の死後の)すべきことが終わると、斡旋班はかばんふたつに必要なものを、どんな気候でもやっていけるものを詰めるように命じます。家と車の鍵は回収されます。やがて職員が家に入り、すべてのものに値をつけ、売り出し中の広告を出し、近所の人がみんなやってくるでしょう。そのころわたしはここにいませんが、前によその家がそうなるのを見たことがあります。売上は持参金に加わり、そしていずれ、うまくいけば、別の男性がわたしと結婚するのです。選ばれる可能性は高いと言えます。わたしには室内装飾の才があり、家にあるなかなか上等な家財道具が売れれば、持参金は魅力的な額になりそうですから」。
「連れていかれる女性用シェルターは州間高速自動車道へつづく道路沿いに建っています。敷地を囲むフェンスを越えることは、その先は未開の荒れ地だからという理由で許されていません。夜になると空は星で埋めつくされ、遠くで獣が吠え声をあげます。・・・男性用シェルターは道路の向かいにあります。・・・新しい夫はどんな人になるのでしょうか」。
「資料やパッケージが山ほど配布されます。スケジュールと規則が伝えられ、生活習慣や容姿を改善するためのアドバイスもされます。ここは厳重に封鎖された保養施設のようなものです。わたしたちは各種クラスの受講を勧められます。料理、裁縫、編み物、園芸、受胎、産後の体の回復、育児、女性らしい自己主張、ジョギング、栄養学、家政学、出席者が寝室の知恵を教えあうクラスや、強制参加の『前に進む』セミナーもあります」。
「一日一時間、北棟の外にあるフェンスで囲った運動場に出ることを許されます」。
「(男性シェルターの窓辺の男性と)手を振りあったあと、わたしは窓の前で服を脱ぎました。背後では電灯が明るくともっています。彼はもっと近づこうとするように両手を窓ガラスにつき、じっと見つめていました。今夜は彼の部屋のあかりが消えているので手は振りませんが、それでもわたしは明るく照らされた窓辺で服を脱ぎます。暗闇から彼が見つめているのか、それともほかのだれかが見ているのか、その点については知りようもありません。わたしは夫を愛しました。夫のやさしさを失ったことが悲しい。ほかのだれかがやさしさのような感情をわたしに抱いてくれると今は信じるしかないのです。そのためならなんだってします」。
「ここから出る唯一の道は選ばれることです」。
こういう施設には絶対に入りたくない、そう思わせるのは、著者の筆力なのでしょう。