榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

君の「オッカムの剃刀」の切れ味は鈍っていないか・・・【情熱的読書人間のないしょ話(3019)】

【読書クラブ 本好きですか? 2023年7月24日号】 情熱的読書人間のないしょ話(3019)

セイヨウスイレン(写真1、2)、ハス(写真3、4)、アガパンサス(写真5)、ノカンゾウ(写真6)、ヤブカンゾウ(写真7)が咲いています。

閑話休題、『世界はシンプルなほど正しい――「オッカムの剃刀」はいかに今日の科学をつくったか』(ジョンジョー・マクファデン著、水谷淳訳、光文社)から、3つのことを学ぶことができました。

第1は、「オッカムの剃刀」とはどういうものか。
第2は、「オッカムの剃刀」を作り上げたオッカムのウィリアムとはどういう人物か。
第3は、「オッカムの剃刀」が後世に与えた驚異的な波及効果とは何か。

「この世は複雑であるという先入観、とりわけ伝統的な宗教の足枷から脱するには、時間をかけて人々の考え方が根本から変わっていくしかなかった。世界を真に理解して、文明を発展させていくには、宇宙は実は単純な形で理解できると気づかせてくれる人物が欠かせなかったのだ。それが本書の主人公、14世紀にイングランドで活躍した修道士・哲学者のオッカム(村)のウィリアムである。一般的にはあまり知られていない人物だが、哲学に詳しい方であれば、古代以来の実在論を否定して唯名論という思想を説いた人物としてご存じだろう。また科学好きの方なら、彼の名を冠した『オッカムの剃刀』という言葉を聞かれたことがあるだろう。これは、『複雑な理論よりも単純な理論のほうが正しい』という原理原則のことで、不要な要素を削り落としていくことを剃刀にたとえている。現代の我々には至極当然の主張のようにも聞こえるが、けっしてそんなことはない。唱えられた中世においては非常に革新的なテーゼだったのだ」。

「ウィリアムは当時の教義にことごとく異議を唱え、古代以来のしがらみをバッサバッサと斬り捨てていった。教会権威の定めるスコラ哲学を否定し、神学から科学を切り離した上に、教皇を頂点とする封建体制にも批判を加えたそうだ、まさに革命分子ともいえ、追われる身になったのもうなずける」。

「(ウィリアムの)革命的な思想があちこちで根付き、さまざまな方向に枝葉を伸ばしていく。オッカムの剃刀から生まれた史上初の現代的な科学法則、ウィリアムの唯名論から影響を受けたルネサンスの人文主義、さらにはプロテスタントによる宗教改革へと展開する。こうしてウィリアムの思想は着実に世界へと広がっていった」。

「20世紀初めに誕生した二大理論、相対論と量子力学においても、ウィリアムの思想はその土台としての役割を果たした。アインシュタインがオッカムの剃刀を使って相対論にたどり着いた経緯を、複雑さを増す素粒子の世界がある女性数学者の(オッカムの剃刀の)一振りによって単純な形に整理された様子をたどる」。

恥ずかしながら、エミー・ネーターという並外れて優秀な女性数学者がいたことを初めて知りました。「ネーターはアインシュタインとヒルベルトを悩ませていた問題に新たな定理(ネーターの定理)を当てはめて、もしも対称性が成り立っていれば問題は解決することを明らかにした。ネーターの論文を読んだアインシュタインはヒルベルトに宛てて、『昨日、ネーター嬢から不変形式に関するとても興味深い論文を受け取りました。このような問題をこれほど包括的な視点から解釈できることに感動しました』と書き送っている」。ネーターの定理は、ヘルマン・ヴァイルによって、ゲージ理論と呼ばれる革新的な素粒子物理学の理論に発展していきます。

さらに、マックス・プランクは「唯一の論理、すなわちオックスの剃刀の論理に従うことで量子化説にたどり着いた」のです。

哲学好き、科学好きには見逃せない一冊です。