宮本輝が幸せな90歳というのはこういうものだと示した小説・・・【情熱的読書人間のないしょ話(3106)】
ツツドリの幼鳥(写真1~7)をカメラに収めました。千葉・柏の「あけぼの山農業公園」はコスモスとキバナコスモスが見頃を迎えています(写真8~18。写真15は撮影助手<女房>が撮影)。因みに、本日の歩数は11,773でした。
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閑話休題、『よき時を思う』(宮本輝著、集英社)は、宮本輝が幸せな90歳というのはこういうものだと示した小説だと、私は考えています。
29歳の金井綾乃の父の母である徳子おばあちゃんは、16歳の時、出征が決まった青年と結婚し、夫の戦死を知ると短刀で死のうとします。死ねなかった徳子おばあちゃんは、数年間も婚家に留まりました。そして、現在は、25歳の時に再婚して儲けた子供や孫たちに囲まれる生活を送っています。
そんな徳子おばあちゃんが、突然、90歳の記念に、家族を招く豪華絢爛な晩餐会を開くと言い出したのです。
「わたしは九十歳の誕生日を迎えるなどとは考えもしていなかった。加齢によって自然に生じる心身の不調はあるが、長生きをすることがいかに素晴らしいかをいま深く味わっている。わたしがこんなに幸福に生きてきたのは家族のお陰だ。わたしひとりの力で得たものなどひとつもない。そのお礼に、九十歳の誕生日祝いを兼ねて、みなさんを晩餐会にご招待したい。素晴らしいワインと、長くパリのエリゼ宮の調理部で研鑽してきた玉木伸郎シェフによるフランス料理の王道の味を楽しんでいただきたい。当日、おめかししたみなさんと京都でお会いできる夜を楽しみにしている」。玉木伸郎は、徳子おばあちゃんが定年まで働き続けた小学校教師時代の教え子の一人です。また、「おめかし」は、徳子おばあちゃんの指示で、男性はタキシード、女性はイヴニングドレス着用と決められています。
「金井家の者たちは、自分たちの使命を思いだした。自分たちは招待された客だが、主人公は徳子おばあちゃんであり、その主催者を幸福にさせることが、今夜の晩餐会の目的なのだという使命だった」。
父がその父から聞いたという話を思い出しながら綾乃に語ります。「俺(綾乃の祖父)が初めて徳子さんを見たのは(徳子の戦死してしまう夫で祖父の親友である)清彦との祝言の日や。・・・綿帽子で顔の半分は隠れてたけど、その美しさをどう表現したらええのか・・・。俺は正座して膝に目を落とすふりをして徳子さんを上目遣いで見つづけた。俺の全身に鳥肌が立ってるのが自分でもわかった。絵に描いたような美人なら、世の中にごまんとおるやろ。そやけど、この十六歳の花嫁の全身から放たれている凛然とした輝きはいったいなんやろ。べっぴんさんや、とか、美しい、とか、美人や、とか、ええ女や、とか、女性の容貌を褒める言葉はぎょうさんあるけど、そういうものの範疇を超えた女性の美しさというのを俺は初めて見たのや」。綾乃の祖父が徳子と再婚したから、父が生まれ、綾乃もこの世に生を受けることができたのです。それにしても、「全身から放たれている凛然とした輝き」とは、何とも素晴らしい表現ではありませんか。