今、混合診療を考えるのに最適な本・・・【山椒読書論(163)】
混合診療を認めるべきか否かについては、従来、さまざまな立場からさまざまな意見が出されてきたが、昨今はTPP(環太平洋経済連携協定)との絡みで一段と注目が集まっている。こういう時に、混合診療に関する知識・議論を頭の中できちんと整理するには、『混合診療――「市場原理」が医療を破壊する』(出河雅彦著、医薬経済社)が最適である。
長期間に亘り医療現場と医療制度を多角的に取材してきた新聞記者の筆になるだけに、記述が実証的かつ具体的である。
多種多様な議論・意見を整理、比較検討した上で、「混合診療の全面解禁には反対」とはっきり意思表示しているのは、いかにもこの著者らしくて、気持ちがよい。
「一定のルールを定めないまま混合診療を完全に解禁した場合の弊害については、そのひとつが安全性、有効性が確認されていない、いわば未確立の医療の蔓延です」。
「有効性や安全性が十分確立していない医療行為や臨床研究は、その倫理性や科学性などを第三者が事前に審査するとともに、有害事象の報告義務を課してそれを共有、評価するなど、本来厳格な管理が必要なはずです。しかし、厚生労働者にはそうしたシステムを整えるという発想がありませんでした。そのため、医師の裁量で個人輸入される未承認薬の使用実態や副作用の発生状況を把握する仕組みすらいまだに構築できていません。しかし、ここにきて厚生労働省もようやく重い腰を上げ、医師の裁量の下に行われる未確立の医療を行政の監視下に置こうと動き出しました。それは、iPS細胞(人工多能性幹細胞)を発見した山中伸弥・京都大学教授のノーベル賞受賞で注目が集まっている再生医療の実用化推進の動きと軌を一にしています」。
「医療は極めて専門性が高く、普通の商品やサービスと違って、一般国民が内容の善し悪しを容易に判断できないという特殊性があります。しかも、医療は人の生命や健康に直接かかわるものですから、何か問題が生じても事後的に補償すればそれでよいというわけにはいきません。可能な限り事前規制によって管理することが望ましいと言えます。有効性や安全性が不確かな段階にある医療行為については、とりわけ慎重に対応すべきことが必要です。そのような観点から考えると、重要なことは規制緩和よりもむしろ本当に必要不可欠な規制(=安全基準)を設けることです。さまざまな弊害が予想される混合診療全面解禁に厚生労働省が強く反対してきたことは評価できますが、未確立の医療の管理や医療安全に関する取り組みは不十分であったと言わざるをえません」。
「国民皆保険を維持するという社会的合意がある以上、混合診療の全面解禁はすべきではありません。未確立な医療を厳格に管理するルールを整えたうえで、所得格差が医療格差につながらないような制度運用ができるのであれば、現状の「管理された混合診療」の継続が妥当と言えるでしょう」。
混合診療は簡単に答えが出る問題ではない。医療関係者は、推進派、懐疑派、反対派の如何を問わず、先ずこの書で理解を深めることが必要だと思う。