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シェイクスピア別人説、シェイクスピアと妻の不仲説を、どう考えるか・・・【山椒読書論(683)】

【読書クラブ 本好きですか? 2022年3月14日号】 山椒読書論(683)

シェイクスピア――人生劇場の達人』(河合祥一郎著、中公新書)で、とりわけ興味深いのは、シェイクスピア別人説、シェイクスピアと妻アンの不仲説、シェイクスピアの哲学――を、どう考えるかである。

●シェイクスピア別人説
数多くの傑作を書いたのはシェイクスピア本人ではなく、別人(オックスフォード伯爵、フランシス・ベーコン、クリストファー・マーロウなど)がシェイクスピアの名を借りたのだという説があるが、著者の河合祥一郎は別人説を一蹴している。「(別人説という)発想は実におもしろいのだが、ストラットフォード・アポン・エイヴォンのシェイクスピアが劇作家シェイクスピアであるという動かぬ証拠がある。アン・ハサウェイと結婚して1616年にストラットフォード・アポン・エイヴォンに埋葬されたシェイクスピアは、その遺書に『わが同僚ジョン・ヘミングズ、リチャード・バーベッジ、およびヘンリー・コンデル』の3人に26シリング6ペンスを贈るよう書いているのだ。ジョン・ヘミングズとヘンリー・コンデルとは、宮内大臣一座の役者であり、シェイクスピアの死後、1623年に劇団の座付き作家であったシェイクスピアの戯曲全集一巻本(ファースト・フォーリオ)を出版した編者である。ゆえに、ヘミングズとコンデルが知る劇作家シェイクスピアは、ストラットフォード・アポン・エイヴォンのシェイクスピアと同一人物ということになる』。

●シェイクスピアと妻アンの不仲説
シェイクスピアと8歳年上の妻、アン・ハサウェイは不仲だったという説が幅を利かせているが、著者は否定的である。「(遺言状に)妻アンに対して『二番目によいベッドを贈る』とだけあるのは、どういう意味なのか、いろいろ取り沙汰されてきた。一番よいベッドは客用であり、二番目によいベッドが夫婦のベッドだという説もある。しかし、財産の大部分は(シェイクスピアがアンとの間に儲けた)娘夫婦に委ねられ、遺言執行も娘夫婦が指名されたということを考えると、アンが娘夫婦の世話になるということは暗黙の了解だったのかもしれない。アンは夫の死から7年後に亡くなり、夫と一緒の墓に入りたいと強く願ったと言われている」。

●シェイクスピアの哲学
「シェイクスピアの作品はストア哲学の影響のもとに書かれていたと言うことができそうだ。しかし、どうやらシェイクスピアは、ストア哲学の影響を受けつつも、その影響からのがれようとしていた節もある。・・・私たちの日常はロゴス(理性)に支配されることが多いが、演劇は理性と対立する感性の世界においてその力を発揮する。そして、そこでもっとも重要となるのは想像力だろう。今日言うところの想像力ではなく、エリザベス朝時代の想像力だ――強くイメージした心像は、現実そのもののインパクトを持つのである。そして、時には、新たな現実そのものをも生み出す力さえ持っている。・・・ストア派の努力は立派だが、(『リア王』の)コーディーリアの例が示すようにうまくコミュニケーションがとれないと独善に陥る危険がある。さまざまな人々の生きざまを描いてきたシェイクスピアだが、最後に到達したのは『信じる力』の大切さだった。信じる力――それは演劇の基本要素であるのみならず、私たちの人生を支える力だ。人は常に明日を信じて生きる。『信じる』行為には、新たな世界を拓く力があることを、本書を最後までお読みくださった読者はおわかりいただけるだろう」。