エリザベス一世治下のイギリス人たちは、どういう生活を送っていたのか・・・【情熱的読書人間のないしょ話(862)】
毎朝、7時頃になると、どこからかキーッ、キーッという甲高い鳥の鳴き声が聞こえてきます。どんな野鳥が鳴いているのか気になって、何度も鳴き声のする方向を探したのですが、なかなか発見できませんでした。ところが、今朝、遂に正体を突き止めることができました! 我が家から数軒先の家で飼われている中型インコのナナイロメキシコインコの鳴き声だったのです。散策中に、野菜――キンシウリ、セイヨウカボチャ、トウモロコシ、サトイモ――が育っているのを見ると、心が和らぎます。因みに、本日の歩数は10,195でした。
閑話休題、『』(イアン・モーティマー著、市川恵里・樋口幸子訳、河出書房新社)はシェイクスピアの時代のイギリス生活百科、エリザベス一世治下のイギリス人たちの生活全般を渉猟した百科事典のような本です。
「社会というものがすべてそうであるように、エリザベス朝イングランドもまた矛盾に満ちている。途方もなく洗練された慣習がある反面、ぞっとするような慣習もある。ある種の異端のために生きたまま火あぶりにされることがまだあるし、夫を殺した女性も火刑に処せられる。反逆者の生首はロンドン橋のグレート・ストーン・ゲートの上にさらされ、見せしめとして腐るまで放置される。謀反の計画に関する情報を引き出すためなら、拷問も許される。貧富の差はなお激しく、社会には厳格な階層構造がある。貴族の庭園を造るために、ささやかな家々が、時には村ごと、破壊される。街道で飢え死にする人もいる」。
「それでは、エリザベス朝イングランドへ、そのありとあらゆる疑念、確信、変化、伝統、矛盾へようこそ。そこは宝石をちりばめた泥濘の王国、きらびやかな裏に窮乏があり、希望と恐怖が等しくあふれ、つねに壮大な発見と暴力的な反乱の瀬戸際にある国である」。
「エリザベス女王」については、このように記されています。「幸い、エリザベスは望みうる素質をすべてそなえている。・・・大部分の人が文字を読むことさえできない時代に、彼女はフランス語、英語、イタリア語ばかりか、ラテン語、ギリシア語も書くことができるし、ポーランド大使によるラテン語の仰々しいスピーチに対し、通訳も呼ばず、流暢なラテン語で返答して、大使を茫然とさせたこともある。追いつめられた場面で見せる彼女の勇気と冷静さは驚異的である。異母姉メアリーが王位についていたとき、エリザベスは(彼女自身の言葉を借りれば)この国で『二番めの人間』であり、メアリー暗殺を企てたトマス・ワイアットの反乱に関与した疑いをかけられる。その後、ロンドン塔に幽閉された経験を彼女は決して忘れなかった。容疑者であり囚人であるとはどういうことか、彼女にはよくわかっている。それだけに、父ヘンリー八世が意見の異なる者をすぐ処刑してしまったのに対し、エリザベスが彼らの話に耳をかたむけたのは賞賛に値する。彼女は自信をもって政治に携わり、長年の主席秘書官であるサー・ウィリアム・セシルであっても、彼女の外交上の目標に関して妥協したときには、厳しく叱責するのをいとわない。同様に、議会に対しては、ある種の事柄――たとえば王位継承問題などを話しあってはならないと、臆することなく命じる。カンタベリー大主教でさえ、たまに女王から叱責される。彼女は平和を愛し、可能なかぎり合意を探ろうとするが、国の利益になる場合は、間違いなく戦闘を支持する。彼女の論理は実に冷酷である。それが最善の道と思えば、攻撃的な外交政策を選ぶ。エリザベスはイングランドへの愛を語るばかりでなく、行動で示す。・・・エリザベスの性格上の欠点はごくわずかだ。・・・エリザベスの数少ない大きな欠点は、若干頑固なところで、彼女の相談役や顧問官は苦労するはめになったし、もうひとつの欠点は、若い頃、『二番めの人間』であった経験から来る不安感で、彼女の権威に楯突く者に対してはだれであれ、激しい反応を示した」。
「貧民」は、このように説明されています。「エリザベス朝の生活において貧民は避けがたい要素である。1577年、ウィリアム・ハリソンは、町や村に定住している貧民以外に、1万人の路上生活者がいると見積もっている。・・・都市部の貧民であれ若い浮浪者の群れであれ、貧困を通じて私たち(=著者が想定している当時のイギリスを訪れたタイムトラベラー、すなわち読者)はエリザベス朝の生活の苛酷な面を目のあたりにする」。
「公衆衛生」の中の「便所」に関する記述は強烈です。「たとえば、小さな部屋に入って行くとする。その部屋の片隅には便所――2、3年の間に溜まって周囲の土に染み込んでいる数百ガロンの腐りかけた大小便でいっぱいになった深さ12フィートの縦穴――がある。部屋に入った人間は即座に変化に気づくはずだ。嗅覚が不意にバランスを崩すのである。現代人と、この部屋に住むエリザベス朝の人々との違いは、この五感への襲撃に対する心構えができているかどうか、またその臭いから衛生、病気、貧困といった概念を連想するかどうかにある。さらに、これがもっとも重要なのだが、この悪臭ふんぷんたる環境に他人を案内するのは、そこの住人にとって恥ずかしいことに違いないと思うかどうかが大きな違いかもしれない」。
「エリザベスの治世を『黄金時代』と呼び、それでよしとするのは愚かなことだといえよう。確かに多くの点で、少し挙げるだけでも、詩、演劇、建築、貴族の服装、航海といった分野で『黄金時代』であった。だが同時に、宗教的憎悪、政治的デマ、迷信、人種差別、性差別、階級による偏見の『黄金時代』(という言葉を使ってもよければ)でもある。ここには光だけでなく闇もある。こうしたマイナス面は単なる現代の認識ではなく、当時の人々は間違いなくそれによって苦しみあえいでいた」。
このように、多面性に満ちたエリザベス朝イングランドの世界を、地理、社会構造、宗教事情、日常生活、医療、法律、娯楽と文化といったあらゆる面から詳しく描いている本書によって、私たちは、当時の人々が何を考え、何を信じ、何を着て、何を食べ、どのように体を綺麗にしていたのかといった生活の具体的な細部まで知ることができるのです。